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般若「話半分」/13.乱世

般若「話半分」/13.乱世



目が覚めてからの疑似体験
ほころびだらけでおぼろげで
それでも何でもイイから
そのグラスが大きいなら
受け止めるだけの何かが
まあ今ならありかな
って思って歩き出したワケさ
殺さないで らしさ
だって世界にキミは一人しか
居ないから二度見した


般若「話半分」より「乱世」


心の中で「あとは死ぬだけだ」と気軽に思うことは、どんどん自分を袋小路に追い込む。けど、なかなか死なない。
一方で七日目のセミは本当に死ぬ。そんな事考えてないからだと思う。
毎年夏がやって来て、夏が終わる頃にはいなくなっているのが常だし、そんな事を悲しんでる暇もなく、秋が来て、また、一年が回る。
この世が"乱世"だと思えるうちは、死ななくて済む。
戦わずして、流されるままに、システムの波に流されて、ベルトコンベアの上に乗っかってしまい、流されるままに行き着く場所へ抗えないことを知ったとき、自分が七日目のセミだと気づく。
でも、七日目のセミがこの曲を聞いたなら、八日目まで生きてみようかと思えるかもしれない。
手に持ったペンが折れてもう元に戻らないと思ったとき、何も書けなくなるみたいに、七転八倒では、何をしても上手くいかないと、もう、終わりだと思う。
物語の終焉を見る前に人生の終焉が先にちらついて、ノイズのように頭に囁く。
だからこそ"乱世"という現実は無常の風に神経が当てられるみたいで見てられなくなる。けれど、この曲は、厳しさを感じるタイトルに対して、戦うために無常であることを要求しない。
ただ、生きているからこそ、何でも出来ると、そこに、何も持っていない人間に対して、生き方を提示してくれている。
何かを行動する根本にある、生きているという事への素晴らしさが綴られていると思う。
生きること、やりたいこと、自分は一体なんなのか、七転八倒して失敗し続ければ、"乱世"を生き抜く
術すら失ったように感じる。それでも尚、続ければ、七転び八起きして、今の自分だからこそ何でも出来るんじゃないかと思わせてくれるにちがいない。そして、般若が"ぶどうかんのうた"を歌うように、どこかの道へと続く人生を歩めるかもしれない。