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般若「話半分」/14.ぶどうかんのうた

般若「話半分」/14.ぶどうかんのうた



さあ行こうぜ みんなOK
連れてってやるイカれたShowへ
想像 限界 行動 一瞬
でも見逃すな 開けとけ両目
諸先輩方に感謝します
終わらせません 半端には
盛り上がり過ぎて 担架来ます
次のワンマンはタンザニア
それは置いといて何かします
一生懸命頑張ります
面白れえことやる為に
ブン取ったつもりだよ この参加資格
後悔したあの日々 未来を答えておくれよSiri
未来は僕等の手の中 未来は皆で描くのさ



般若「話半分」より「ぶどうかんのうた」




理路整然とした平静のある街の中で、武道館は佇んでいる。
穏やかな街並みを往来しては、1日、1日が同じく日を跨いで、延々と平和であって欲しいと思いながら、そんな街を歩く。
磐石な道の上を通るように、平穏無事な日々が日常であって欲しいと思いながら、そんな街を歩く。
そこからはみ出さなければ、人生も整然として済むかもしれない。
武道館には、日常の平穏をうち破る熱情が縦横無尽に広がっている。日々の往来とはかけ離れて、1日をかけがえのないものにする。そこに賭ける人がいる限り、そのもとに人が集まっていく。
武道館のステージの上に続く般若の道のりは、先の見えない険しい山を登るようで、途方にくれてしまいそうなくらい、厳しい。
人として覚悟がなければ、道半ばで心が折れてしまっただろう。
そこに向かう道は、日常とはかけ離れている。
日常の中に身を置いていると安心する。そこに変化が起きて欲しくないと願う。何も変わらないで欲しいと思う気持ちが無いとは言えない。
けれど、そこが、何かのきっかけで崩れ、徐々に高度を落として地面に激突する夢のように、前触れもなく起こってくれたらなんて事も考える。
般若の曲は、どの場所にあっても、変わらない意志がある。変わらず、前進を続ける姿勢がある。
毎日続くことが変わってしまいそうな気持ちと変わりたくない気持ちの両端を含んで日常に蔓延る不安は何となしに心を蝕む。そして、続くからこそ閉塞感に駆られてしまうのだ。
武道館に集う人は、それぞれの生き方を抱えて、そこへ向かう。
生き方は違えど、何かが起こる期待をもって、般若のライブに情熱を寄せる。何かが変わっていく瞬間を見てみたいのだと思う。
そして、そこに到達するまでは、このアルバムは道半ばで、まだ、"話半分"なのだ。
自分の中で何かが半分欠けているなら、このアルバムは"話半分"で十分かもしれない。前進する覚悟が無ければ、真に受けて、中途半端に終わるだけだからだ。話半分の半分は、自分がやる覚悟だ。
それは、武道館へかける般若の思いで十分伝わるだろう。
果たして、その1日で、何か変わるだろうか。
何か変わることを期待するなら、自分が動かなければ変わらないかもしれない。
ライブに行けば、道の向こう側で情熱に駆られる。閉塞感を打ち破るように、平穏な日々は一瞬にして変わる。
だが、一歩外に出た時、そのまま向こう側に戻ってしまうなら、結局は、話半分でこの話は終わってしまう。
どんな物語を選択しても、どこに向かうも自分次第であって、道は選べる、人生は自由であって、果てなく厳しい。
1/11 武道館のワンマンを迎えた時、一つの物語が完結し、次の道へと般若は歩き出す。
その道がどんなに険しくても般若は歩き続ける事だけは分かる。

般若は私達を情熱の彼方へ一瞬にして、連れて行ってくれるに違いないが、私達はその光景を目の当たりにして、一体どこへ行けるのだろうか。

どこに進むのも自由だけれど、常に"未来は僕等の手の中"にある。