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THA BLUE HERB『20YEARS, PASSION & RAIN』

般若から覚悟を受け取って、THA BLUE HERB にペンの矛先を向けて、言葉を連ねる。今年を振り返りながら、次の年へ、バトンをつなぐように、この曲を私のプロローグにする。


一年間 お疲れさん
雪は止んで 今日はよく晴れた
汗や涙 最後に笑えた?
夢はいくつ叶えた?

一年間 お疲れさん
人生の最先端 ここがENTER
変化は 色褪せるが
焦んな だってさ
手付かずな次の一周が待ってんだ


「NEW YEAR'S DAY feat.般若」/THE BOSS (THA BLUE HERB)より


群青が覆う夜明け前の空が見える。夜を描いた真っ黒い絵に少しずつ穴を開けていく雨のように、その青は夜に穴を開けていった。明けた空の色は、は失敗も成功も全て飲み込んだ群青だった。
一年間の最後の日。一年の集大成を、後悔も喜びも含んだが年末の夜は、たくさんの思いを吸収していて、本当に真っ暗だ。それゆえ、そこから見上げると、星は明るく輝いて見える。それは、鮮烈に記憶を巡らせる走馬灯のように目の前に広がって、一年の終わりを彩り、一体、どれ程の事を成し遂げたかを問いかけるように。
思い巡らせる星の数は人それぞれでも、時間は平等に過ぎていき、一年間の最初の日がやって来る。
そこは、後悔や喜び、一年の過去を乗り越えた先に、やっと見えてくる次の一年のまっさらな空だ。

本当の終わりまでは、次のスタートを切ることが出来る。
それは、人生の終わりまで続く。
時間は待ってくれないが、ゲームセットになる前ならまだ行動出来るはずだ。

新しい一年と共に、まだ、歩けるはずだ。

2017/10/29 三時間の悪天候と共に
その日を迎えた。
足取りも心持ちも様々に人々が集う。まるで、一年の御祓に向かうようだった。1日に一年間の苦難がつまったような航海の舵は重く、うねりながら前進をして、過去を跨いで行くように三時間は過ぎていった。
そのライブのプロローグはこう綴られている。



さあさあお立ち会い お立ち会い
かつて憎んだ大東京のど真ん中
未来予想図には困らなかったが
さすがに今日に続くとは思わなかった
言葉は行動の添え物だ
目を見てもらえりゃ解る 嘘か真か
だけど俺は言霊を信じてる
口に出した事が時々叶うのさ



「"KOTODAMA" TAKES US THERE」/THA BLUE HERB より


だから、この日を迎えられた事で、もうスタートを切っていると思った。
だから、これは終わりと始まりもいっしょくたに、まるで時の間にあるみたいで、いつみても、誰かの心に残り続ける航海になっているのだろう。航海の一員、目撃者になれたなら、自分の重くなった舵を、握って、操舵出来るにちがいない。



20年 THA BLUE HERB 日比谷野音
3000人 迫ってくる 台風
舞台は整った
一生忘れられない日にしようぜ



そして、ライブが始まる。


20年目の越冬 o.n.o.とのセッション
あの夜のgettoから続く勉強
出来るやつ程 謙虚
それがガキには解らぬ 勝ちの条件よ
路上のリコメンド against 権力
通好みな non sugar ビターブレンド
時は満ちたぜ
大トリのリザレクション


「WE CAN…」/THA BLUE HERBより


昨日までの過去を全部塗り替える。20年目の越冬、寒さを乗り越えて到達したステージもまた、悪天候を予感するような不気味な波の上、それでも、その身を試すように、高みを目指す航海が幕を開ける。


「BAD LUKERS」

1対3000。生身の人間の魂のぶつかりあい。その場を、ビートと言葉。そして、その音は、一人一人が歩んだ道のりの上にそそぐ。運命と一緒に、雨と風を運んで、逆境の立場がもっと悪くなるみたいに、道を険しくする。止むことを知らない雨も風も身に受けて、進んできた先人の言葉は、その日の日比谷の最先端で、ゴールまでの長い道のり、全員に各々が戦って行くことを決意させた。
20年間の延長戦の上にある大舞台だが、観衆にとっては、底から上を目指したマイクストーリーの始まりを見ているようだった。

AME NI MO MAKEZU

この野音のステージを、悪天候で迎えた事は、最高の出来事だったかもしれない。観衆にとって、野音が、一生忘れられないほどの光景になった。ライブに居た事が、THA BLUE HERB と一緒にやり遂げているような一体感をその場にいたどんな人間でも味わえた。だからこそ、そこにいた人達は、真剣にその話を聞いていた。
数多の雨に打たれながらも、ひたすらに人生をかけて、綴った一ページの記憶を。

野良犬

ヒップホップという文化の中には、沢山の人の信念があるが、この曲は、野良犬になれるかなれないかで、聞く人間にヒップホップを問う。
ビートの上だけじゃなく、自分の人生に対して、本当に自由になれているのかを問われる。
そして、自由はゴールでなく、自由になって、そこがやっとスタートになる。
野良犬のように自由でも、勝利に飢えながら、小さな希望を捨てずに、一本の道を歩き続けられるか、限られた時間の中、シビアな現実を突きつける。


I PAY BACK

いったい何を聞きに来たのか。
映像越しにでも、ライブに来た観衆でも、何かしらの思いを胸に、このライブを目にしているはずだ。その思いを再確認させられる。事の始まりに、このライブを見ている人間にとっては、ラッパー"ILL-BOSSTINO(以下BOSS)"の筆跡と自分の人生とを掛け合わせて、答えを探そうと小節の上をなぞるように言葉が流れてくる。
BOSSの生きざま、ヒップホップ、哲学、全部が地に足のついたリリックは日比谷をバックにして映えていた。


SHOCK-SHINEの乱(1 PREMISE)

徐々に雨足は強まっていく。
雨足と共にBOSSの存在も同時に。
どんな逆境にあろうとも、北方から全てをかっさらっていく。
積み重なった不運すらも味方に変えて、カウンターを打ち出す。
それは、野音においても変わらず、BOSSの哲学と共にその存在価値が嵐を起こそうとする瞬間に目をみはる。

BOSSIZM

BOSSは目の前の人間を煽り立てて行く、それは、口だけじゃなく、その身を持ってして行動で実証した人間の魂のこもった言葉だ。遂に、到達した舞台の上で溜め込んだ嫉妬、怯え、恐れ、負の感情を吐き捨てている姿は、全ての逆境に対して強いカウンターを喰らわすようで、観衆に降り注ぐ雨にすら語りかけるようだった。

WORD…LIVE

ラッパー、マイク稼業とも言い換えられるほど、その言葉のみで、身を立てようとする生き様の本意気を見せつけられるみたいに、一つ一つの言葉が心の導火線に火をつけるようだ。
雨の野音に集まった中でも、今このライブを映像で見ている中でも、この時間に出会えた事は一期一会で、尚更、この時間を大切にしようと思えた。

MIC STORY

ステージ上で見るMIC STORYが音源と違うのは、現在進行形の歴史の変遷を見るように思えるからだ。音のみイヤホンから流れ出る生き様もかっこいいのだけれど、過去からのしがらみから放たれた言葉を目の前で流される現実の時間は、本物の対話をしているようで、自分の人生の詰まりを走馬灯のように思い出しては、厳しさの中でも前に進みたいと思えた。
降りしきる雨の中では、なおのこと、このライブの結末を目撃したいと思えた。


スクリュードライマー(Elements of Rhyme)

衝動が駆け上がるように、煙やケミカルが吹き出してくるようなライムの塊が見るものを襲うようだ。観客にとって、ビートと言葉の狭間には、自らを打つ雨があった。その行間をギリギリまで埋めるように、その残響は脳裏にこびりついた。本当にドープなラップの真髄がそこに流れ出ているようだった。雨にも関わらず、桁外れなストリート・ストーリーテラーの言葉に、観客全員の感情が高ぶっていた。

未来世紀日本

THA BLUE HERB の作り上げるストーリーは救いの無さが現実の無情さを伝えるようなパラノマのひろがるSFだ。自由を求めようと、この航海に無謀にも船をこぎだした人間を藻屑にして飲み込むように、暗闇が広がっている。
やっと掴んだ自由さえ、本当の自由なのか、裏も表も何か虚しく、全てが管理と計画の中に組み込まれ、地球の裏側にすら自由もない嘆きと、皮肉な平等は、心身を磨り減らした中に妙に染み入る。


続・腐食

この航海が苦渋にまみれた旅であるなら、大波が全ての船を飲み込むように、文明が更地に戻って砂漠になってしまうように、全てが無駄に終わる。
努力も虚しく時は刻む。
現実の時計の針を止めるほどの過去の錆びは身を滅ぼした。
打ち付ける雨は、今にも観衆を暗闇に溶かして、打ち負かしそうなほど、嘆きが響き渡っていた。
それでも、この終わりの先にいったい何があるのか、知るために、大雨に打たれながらも、言葉に耳を傾ける事は止めなかった。

路上
薄汚れた路上の風景は出口の見えない光景が堂々巡りして、息苦しくなる。残り火をわずかに、灰皿に取り置いたシケモクがいくつも積み重ねられたみたいに、命以外の火は、そうそうに消え果ててしまっている。抜け出す方法は真っ当に見当たらないが、生きる術と天秤にかけても、賭けに勝てるかわからない。未来世紀日本、続・腐食、路上と続いたストーリーは、不運の物語の上に落ちる雨によって、それは、誰かの悲しみの涙のように、努力も命も洗い流して何も残らなくした。


コンクリートリバー

ストーリーの中で散った魂の弔いのように、流れに逆らい続ける人間への敬礼のように、強い流れへ飲まれそうになりながら、向こう岸にたどり着くまで、時の削れる音を耳にしながらも、止めず、諦めず、前を向いて進むことを、このビートの上では止められない。
路上の上に立ち消えになった夢の残骸は月光を浴びて、輝いていた。

未来は俺等の手の中

進まない流れと、生活の中に、取り残され、明日の為だけに眠りをとるようになりそうで、いったい何をしているのか分からなくなるくらい、思考も何もかも疲れきって、時計の針はもうタイムリミットを越えてるんじゃないかって思える時がある。凍える風は向かい風になって、衰えを感じさせ、ほとぼりを冷めさせるように、冷たく、固く閉ざされたドアの上に、今こそは、ここぞと、金言を落とし、何度も叩いているはずなのに、一切響かず、感情は揺れ動かなくなりそうで、時計盤はもうとっくに壊れてしまっても畑を耕し続けてる。
その物語の歯車が動くのはずっと先で、ドアを叩いた残響が、響いて影響を与えるのもずっと先で、9回裏の名誉挽回はステージの反対側の客席に降り注ぐ雨と共にその想いを散開させた。


WE WERE , WE ARE

同じ足取り辿って来た二人の男のノンフィクションは、虚構を越えた北の証言だ。
憧れ、必死に食らいつくことで世間の場外から、路上の一本道で誰かの人生を背負い歩くように、ここまでたどり着いた事を証明した。
人生の中に時を数えても、時間は待たず無情に過ぎ行く。
その中に、計画を立てても、現実は理想を隔てるように答えが出ない。
だからこそ、凍えた空の下、大地の上に、芽吹いた時は、暗闇に照明がともされるみたいに思いは共鳴していた。

STILL

どれだけの道を歩き、いくつもの到達点に辿り着いても、成功に溺れずに、目の前の観衆に、"STILL"を訴え続けた。
上に行ってもまだ飢えはある。二人の人生が交差して、お互いを讃え、戦いながら、壇上から、会場の心にも闘争心を目覚めさせるようだった。強くなる雨足、寒さ、感覚が無くなりつつも、まだ、これから、やってくる大嵐の予感の中を越えていこうと思えた。

この場所であって、また、離れても、また違う場所で、どんなに憎しみも恨みもあったとしても、再会出来るとも感じながら。


THE WAY HOPE

"20年前のヒップホップは復讐だった。"
嘲る者を抜き去る為に重ねた言葉はカウンターになって強く跳ね返った。
"言葉は行動の添え物だ"
だからこそ、刀を楽には抜かなかった。そんなラッパーだからこそ言葉に魂は宿り、他人の心も動かしてきたのだろう。
"今日の俺に敵はいねぇ。"
雨の中に立つ観衆をハッピーエンドに導くように、強い鼓舞の言葉をビートにおとしていた。そして、20周年のその先を目指すように。
この日は"20年やって来たラッパーの底力"を思い知った日だった。


MAINLINE
去る者にはすがらない。生きる意味を求めて、その証を得る。
諦めなければ、終わりは無く、1日、1日、一回きりのワンテイクを、積み重ねて、一生のうちを延々と繰り返すビートの上に刻む。迷わず一直線に進む。生業を成す為に、必死に生きる。
どしゃ降りの野音に置き去りの今この時、ここから何を得て、どこへ進むのか。
転んでも波瀾万丈にも人生は進むけれど、去ることを踏み止まり、言葉を紡ぐ生き証人の魂は、最後のゴールを、最高の舞台の締めくくりを私達に見せようとする。

ALL I DO

"ほら、だからいっただろう"という。20年の積み重ねが言えた言葉は、カウンターというよりは実力を実証した男の足跡を見せつけられたみたいで、純粋な力だった。
継続は力なり。血を見るような努力がにじむヒップホップは、BOSSを飾る勲章のように、野音のステージで光って見えた。そして、行動は観衆に勇気を与えた。

STILL STANDING IN THE DOG

どしゃ降りの雨の中に並び立つ1MCと1DJの姿に対して、敵対を抱くものは誰一人おらず、ラッパーとしての真っ直ぐさに、自らの運命を変えていける確信を観衆は手にしたに違いない。直向きな努力に対して湧くのは、嘲笑や嫉妬ではなく、本物のリスペクトだ。
つまらないことにケチをつける余韻なんて思い浮かばずただかっこよかった。

RIGHT ON
この一瞬を向かえるまでにどんな日々を重ねてここに降り立ったのだろうか。痛みを重ねて、暴風雨の中でも、いつかくる春を待ち望んで、それは現実となって、踏みしめる大地となった。
この一瞬、荘厳な THA BLUE HERBの歴史の一ページは、線香花火のように儚く咲く火花じゃなく、後世まで続く大輪の花火を、尺玉に込めた火薬は、努力の結晶で、吐いた言葉の影を越えて、ラッパーは光を放っていた。

Candle Chant (A Tribute)
生と死の合間、始まりと終わりの間、その時に全部が集約されたみたいに、雨の中を照らされる光は、一つ一つが優しく揺らいで、かつていた人を呼び起こすように数分間、野音の時を止めた。
鎮魂歌は優しく響きわたり、優しい音色に儚さの言葉をのせて、盆提灯が回るみたいに、思い出は淡くその場に余韻を残した。
背中を優しく押す風のように、現実の時間を包み込んでいた。

LIVING IN THE FUTURE

平凡の中に生きる事を、普通に生きる事を、なんとなく享受し、抜け出せなくなりそうに、手に足に枷をつけてしまって、自由に向かってく時間も失う。
気持ちは失意の中にあっても、定めた生き方の中からはみ出せずに、いつかはみ出しても掴もうとした夢は、運命の中で、違う生き方の中でいつの間にか、楽しさを求めることも忘れてしまって、明日の為に眠りを取るように1日、1日を更新していて、でも、きっと生きてるうちいつか、まだ遅かないし、戻ってこれると、まだ、この先続く未来は手の中に残ってると淡い希望を雨に落としていた。


MY LOVE TOWNS

BOSSが綴る街の歴史は哀愁の中に、人と人がすれ違ったり、縁で巡りあったり、そのなかで歩いたほの暗い色や光が、街の形を浮かび上がらせた。
この街の書記官は一つ漏らさず、闇も光もビートにのせて、街への愛を粛々と言葉にし、野音の風景と合致して、まるで、その場に雨の中に、街を再現するようだった。

未来は俺等の手の中

このライブ、長い長い雨の夜、音の中で出会った観衆は心を一つにこう叫んだ。
これは、終わりじゃなく、それぞれの始まり、長く止めた時は動き出そうとしていた。
それぞれの道、その先何があるかも分からないが、進むこと、諦めないことをみんなで誓った。時間はまだある。最後まで走れ。

20YEARS , PASSION&PAIN

20年築いたのは情熱と痛みと雨の間に、育っていた。このステージは夢じゃなく、現実で、吐き捨てた夢がここにあって、燻った他人の情熱を蘇らせた。また、歩いていこうとする、生きてく、働いてく、前へ進むためにこのライブに来たんだって思わせてくれた。
何回だって、挑戦する延長する。叶うまで。最後の一回まで。

AND AGAIN


今ここからやること、やり残したこと、これから出来ること、生きてる最後の最後までに、残した課題を完徹させるために冒険をもう一度。
この野音で一度闇は越えた、何度だってこの寒さ、雨の中、越えていけるだろうと思えた。

この夜だけが
不思議な縁が手伝って、オリジナルの音を、現在に流した。
タイムカプセルのように、雨の夜を飾った。
昔のBOSSがここに呼び起こされて最初の一歩を見られた。

この夜だけは

不思議な雨の夜は、この夜だけは、譲れない。
そんな一夜を過ごす雨の野音は、観衆の何かを変えた一夜だったかもしれない。
これでお別れ、一発勝負は見事にBOSSの勝ちに終わった。
観衆全員を、山を、動かした。